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第4話 二度目の謝罪

last update Data de publicação: 2026-01-27 19:00:00

「う~ん」

 俺は悩みながら、王宮の廊下を歩いていた。

 あれ、何か新鮮だな、この廊下を歩くのも。理由は分からないが。

「それにしても」

 ずっと歩いているのが新鮮に感じてしまう事、に関してはどっちでもいい。

 今の状態としては、別の事で悩み中だ。

「ユリアナ嬢、許してくれるかな」

 二度目の土下座をしたいが、いつにするかを決めかねていた。

 すぐにユリアナ嬢の屋敷へ向かっては、呆れられるだけだろう。

 だから、多少は時間を置いて謝罪をしたほうがいい。

 でも、どのタイミングで?

 それが一番の悩みだ。

 顎に手を当てながら考えていた。

「殿下、何か悩まれているのでしょうか?」

「すまない。変なところを見られてしまって」

 クレア嬢が俺の様子を見て、微笑みながら優しく話しかけてきた。

 しまったな。

 彼女は当事者じゃないのに。

 俺とユリアナ嬢の問題だからな。

「もしかして、ユリアナ様の事でしょうか?」

 分かるのか。

 確かに先日、婚約破棄したことを伝えている。

 だから察しがつくだろうな。

「ああ。婚約破棄してから、冷静になってみたんだ。そうしたら、間違いだって思うようになってな」

 そのため、俺は表面上であるがクレア嬢にユリアナ嬢への気持ちを伝える。

「ま、間違いですか」

 そう口にしながら、クレア嬢は一瞬だけ視線を落とした。

 まるで、答えが分かっていたのに、聞いてしまったかのように。

「謝罪をしたんだが、受け入れてもらえなかった」

「せ、先日のってそれですか?」

「ああ、そうだ」

「ゆ、ユリアナ様と?」

 クレア嬢の目が一瞬、悲しげに揺れた。彼女も、何かを知っているような……?

 それに言葉が震えまくっている。

 何が起きているんだ。

「大丈夫か?」

「は、はい」

 落ち着かないな。

 さっきまでは平常だったのに。

 悪いことでも言ってしまったのか?

「もしも再び謝罪をするなら、いつが良いだろうか?」

「そうですね。すぐでもいけませんし、時間が空きすぎてもいけませんので、数日後がいいかと」

 数日後か。

 確かにそれが良いかもしれない。

 やがてクレア嬢の様子は、完全ではないものの徐々に落ち着いていって、普通に話していた。

「ありがとう」

「……殿下の謝罪が上手くいくといいですね」

 ぎこちない微笑みを見せながら、クレア嬢はまた歩いていった。

 何か変だな。

 彼女も何か考え事をしていたんだろうか。

「謝罪は数日後だな」

 俺は覚悟を決めて、再びルイッツホーフ家へと向かう準備を進めていった。

 今度はちゃんと伝えないと。

 逃げずに向き合うために。

 許されるかどうかではない。

 それでも、行かなければならない。

「悪いな、こんな時間に付き合わせて」

「いえ。殿下お一人よりは、良いですから」

 数日後、俺はルイッツホーフ家の屋敷にやってきていた。

 先日は馬車でやってきたが、今日は王宮から屋敷まで歩いてきた。

 クレア嬢と一緒に。

 静かな王都をゆっくりと。

 まだ夜明けを少し過ぎた頃で、空は橙色《だいだいいろ》と水色のグラデーションが見えている。

 絵を描いていたから、こんなのも表現しようとしていたっけ。

「ここからは俺一人で行く」

 門は先程から開かれていて、扉の前まで歩いていく。

 クレア嬢は門の前で待機している。

 ただ、門の前に着くまで微笑《ほほえ》んでいたのに、ルイッツホーフ家の敷地内に入ろうとした瞬間、少しだけ何かを言いたげに唇を噛んでいた。視線も少しだけ下を向く。

 彼女も不安なのだろうか。

(ユリアナ嬢は会ってくれるか?)

 俺は扉の前で立ち止まりながら、深呼吸していた。

 前は普通に叩けたが、今日は勇気が出てこない。

 だが逃げることは出来ない。

 来た理由は分かっているだろうから、ユリアナ嬢は会わない事だって有り得る。

 だからせめて、会ってくれれば土下座で何とか。

 許してもらえないかもしれないが。

「こんな事をしている場合じゃないよな」

 扉の前でもじもじしていても、何も動かない。

 俺は扉を叩いて、使用人が出てくるのを待つことにした。

 しばらくすると扉が開いて、先日と同じ使用人が出てくる。

「レオポルド殿下、ですか」

 驚いている様子はなくて、平然としていた。

 やはり彼も、来た理由を知っているからだろう。

「お嬢様を呼びますね」

 家の中に入れられることなく、扉が閉まってそのまま待たされる。

 無限のように感じられたが、それでも問題なかった。

 俺は朝日が少しずつ昇っていくのを感じていた。

 門の前を通る通行人がちらほら見えてきている。

(こんなの、怖い教授を待つみたいだな)

 課題を提出するときや、それこそ謝罪するとき。

 しばらくして、再び扉が開いた。ただ半分だけ。

 使用人が出てきて、淡々と伝えた。

「ユリアナ様は、お会いになるそうです」

 第一関門は突破したんだな。

 これで、彼女に謝ることは出来る。

 許してもらえるとは限らないし、婚約が戻るなんて砂粒ほどの確率だ。

 それでもいい。

「分かった」

 俺は屋敷の中に入って、使用人に案内された部屋へ。

 先日の客間とは違った場所。

 そこは庭に面していて、外から見えるであろう小さな部屋。

 まだユリアナ嬢はやってきていない。

 紅茶も出されなかった。

「よし」

 使用人が行った後、俺は正座をしてそして頭を床につける。

 土下座をもうすることにしていた。

「殿下」

 少しすると、ユリアナ嬢がやってきた。

 足音が、途中で一度だけ止まった。

 こちらを見ているのだろう。

 だが、すぐにまた歩き出す気配がした。

 感情を持たず、ただ淡々としたような口調で。

「また謝罪ですのね」

 間違っていない。

 でも先日と違って、今度は言葉を伝えていく。

 土下座をしたままなので、ユリアナ嬢の様子は分からないが。

「俺は君のために婚約破棄をした。だが、それが正しかったのか分からなくなった」

 ユリアナ嬢は何も言わずに聞いていた。

 いや、違う。

 何も言わないのではなく、言葉を選んでいるような沈黙だった。

 息を呑むような、わずかな気配だけが伝わってくる。

 ドレスの裾が僅かに揺れて、彼女が一歩下がった。

「俺は、君との婚約を破棄した”後”で、自分が何者だったのかを思い出した」

 思い出した前世のことを彼女に伝える。

 それでも、ユリアナ嬢は何も言わなかった。

 しかも、驚いている様子もない。

「前世では君の事が好きで、イラストを何枚も描いていた。君は俺の推しだった」

 その瞬間、空気がわずかに軋《きし》んだ気がした。

 静寂が引き伸ばされるように、ユリアナ嬢が息を飲む音だけが聞こえてくる。

 間違えたか?

 いや、何が間違いなのか自分でも分からなかった。

(理由を言えば、これで説明になると思った)

 言葉を続けていく。

「受け止められないっていう事で婚約を壊したのは……逃げだったのかもしれない」

 俺の中で、『全部話せば、分かってもらえるはず』とそう信じていた。

 だって、ユリアナ嬢は何も言わずに聞いているから。

「本当に申し訳ありませんでした!」

 そう謝罪した後、部屋には沈黙が流れる。

(許されるとは思っていない。それでも、言わずにはいられなかった)

 しばらく、何も返ってこなかった。

 やがて、静かに息を吐く気配。

「……殿下」

 初めて、感情が乗った声だった。

 だがそれは、怒りではなくーー冷えたものだった。

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